マンション婦人会の日替わり奥さん

第一章:知らない女が、台所に立っていた日
この日、オレはいつもどおり、7時前に帰宅した。
しかし「ただいまとドアを開けた瞬間、いつもとはどこか違う料理の香りが、部屋の奥から漂ってきた。
中に入ると、見慣れない女性が、エプロン姿でキッチンに立っていた。

年の頃は、おそらく四十代後半、背筋の伸びたキリッとした美人だ。
手際よく料理をしている。
「……えっと、どちら様でしょうか?」
女性はコチラを見て
「ごはん、もうすぐできますから、ちょっと待っててください」
と笑顔で言った。
まだオレの頭が混乱しているうちに、彼女は出来た料理を、テーブルに並べはじめた。
「どうぞ、席についてください」
「いや、あの……あなたは誰ですか?」
もう一度、オレは尋ねた。
「こちらの、今日の“奥さん”を担当することになった、静香です。
ノリ子さんも今頃、別のお宅で“奥さん”をやってますので、安心してください」
「今日の“奥さん”?担当?」
正直、何を言っているのか理解できなかった。
担当ってなんだ?
奥さん代行サービスなんて頼んでないぞ
これはもしかしてテレビのドッキリ番組か?
「すみません、もう少し分かりやすく説明してもらえますか?」
そう頼むと、彼女は背筋を伸ばして座り直し、そしてゆっくり説明を始めた。
「今日からマンション婦人会の企画で、“パートナー・シャッフル・ウィーク”、略してPSWのプログラムが始まりました。
ルールは簡単です。
PSWの女性メンバーは全部で7人。
ご主人方には事前通知しませんでしたが、今日から1週間、メンバーの女性が毎日交代で、各家庭の“奥さん”をします。
家事全般から、夜のお相手まで、全てその日の“奥さん”が責任持って行います」
「いやいやいや……ちょっと待って、さすがに冗談きついでしょ?ましてや夜のお相手って。ノリ子がそんなこと……」
「ノリ子さん、ノリ気でしたよ。たまには違う男の人といたす……いえ、食事をするのも悪くないって」
全く現実感がない。
婦人会ってそんな企画を立てるものなのか?
しかも夜のお相手までって、いいのか、それ?
「今日は私が真也さんの“奥さん”です。家事もやります。もちろん“夜”もです」
「本当に、あなたと“夜”もですか?」
驚いたが、少し顔がにやけてしまった。
「はい。そういうルールなので。これから毎晩、日替わりの“奥さん”ですが、全員と平等にお相手していただきます。
逆に夜、を拒否すると、次の日から、夜のお相手の権利が無くなりますのでご注意ください」
状況とルールはわかったが、とにかく信じられない内容だった。
「ちなみに、ノリ子は今どこに?」
「このマンションの、どこか別のお宅で“奥さん”をしていますよ。たぶん今ごろ、そちらで晩ごはんを作っているかと」
……想像したくなかった。
ノリ子が、ホカの男と一緒に食卓を囲んでいる――
100歩譲ってそれはまだいい。
そのあとの夜も……そのことは考えないことにした。
「これは今後の人生における“夫婦のあり方”を見つめ直すためのプログラムです。
今のままの夫婦でいいのか?
パートナーを変えたほうが幸せになるんじゃないのか?
1週間体験して、最終日に“今後のパートナー”を選んでもらいます」
「パートナーを選ぶ?」
「最終日に投票があります。気に入った人の名前を書いて提出するんです。
そこでお互いがマッチングすれば、今までの夫婦関係を解消し、新しいパートナーと夫婦になるのです。
それまではとにかく、毎晩違う“奥さん”が来ます。
あなたは夫として平等に、しっかり“奥さん”たちを受け入れてください」
一通り説明されて、パートナー・シャッフル・ウィークについてはわかった。
こんな非日常的なイベント、正直ちょっとワクワクする。
それに今、オレの目の前にいる彼女、静香さんはとても魅力的な女性だ。
こんな女性の手料理を食べ、さらにこのあと夜も……、と考えると、ドキドキが止まらなかった。
「じゃあ、食事にしましょう」
「はい」
今までの人生で、一番刺激的な晩ごはんだった。
そしてこの後の夜は、やっぱり本当らしい。
「あなた、そろそろ寝室に行きませんか?」
と促され、心の準備もそこそこに、二人はベッドに入った。
こうして日替わりの夫婦生活が始まったのである。
翌朝、少し早めに目を覚ますと、隣ではまだ静香さんが眠っていた。
昨晩の出来事は夢だったんじゃないか、そう思ったが、紛れもない現実だった。
オレは女性の、すっぴんの寝顔を見るのが好きだった。
セフレや普通の恋人では、なかなか見られない、これは夫だけの特権だ。
これから1週間、毎朝早起きして、目に焼き付けようとオレは思った。
第二章:日替わり奥さん、一週間。
その1:エプロンの下の真実
2日目。
会社から帰ると、今日もまた見知らぬ女性、今夜の“奥さん”がいた。
彼女の姿を見た瞬間、俺は凍りついた。
スリムでロングヘアの美人が、なんと、裸エプロンで料理をしているのだ。

「こんばんは。今日の“奥さん”の、由紀恵です」
見た目も声も、どこか儚げで、守ってあげたくなるタイプ。
小学生の娘さんがいるらしいが、このために1週間、旦那さんの実家に預けてあるという。
「……あまりこういうの、慣れてなくて。はずかしいです」
彼女の顔が真っ赤になった。
「大丈夫です。夫婦交換に慣れてる人は、あまりいないと思います」
「そうじゃなくて裸エプロンが……」
エプロンの下は本当に、完全なノーパンノーブラだった
どうしてそんな格好で炊事をしてるのか尋ねると
「ノリ子さんの話によると、真也さんは裸エプロンが見たい見たいと、しょっちゅうおっしゃってると聞きました」
なんということだ、そんな情報まで婦人会で共有されているのか。
そして裸エプロンのまま、食事が始まったが、彼女の胸元が気になって、料理の味がよくわからなかった。
食後、少し照れながら「今夜はどうしましょう?」と聞かれる。
どうしましょうと言われても、ルールで拒否は出来ないはずだ。
彼女が身につけているものは、エプロンたった1枚。
脱がすのに時間はかからなかった。
「料理している時、油が飛んでヤケドしちゃいました」
「大丈夫です、僕が舐めて直してあげますよ」
由紀恵さんは、甘えるのが上手なタイプだった。
なんともくすぐったい夜を過ごした。
その2:風呂場で二度目の夜
三日目の夜は、がらりと雰囲気が変わった。
「こんばんは〜!」と大きな声と同時に、元気な笑顔で出迎えられた。

彼女の名前は美佐子さん。
明るい花柄のワンピースが似合っている。
年齢はオレより少し年上で、どこかお母さんっぽい親しみやすさがあった。
「真也さん、ビール飲みます? 今日のおかずは手羽先と肉じゃがです!」
自宅で見知らぬ女性にビールをツがれ、肉じゃがと手羽先を食べる。
なんとも不思議な気分だ。
美佐子さんは、とにかくおしゃべりだった。
旦那さんの愚痴、成人した娘さんの近況――ご飯を食べている間も、話題は尽きない。
「夫婦って、こんなにしゃべるものだったっけ……」
と内心苦笑しつつも、不思議と居心地は悪くなかった。
今夜の“奥さん”とは、どういう夜になるんだろうと、期待が膨らんだ。
風呂が沸いたので先に入ると
「お背中、流しますね」
と言いながら、美佐子さんも入ってきた。
そして風呂でそのまま始めてしまった。
それだけではなく、そのあとの寝室でも、“奥さん”としての責務を果たしてくれた。
彼女は話し上手なだけでなく、トコ上手でもあった。
何かと世話焼きで、ちょっと母性的なのは、ベッドの中でも同じだった
その3:夫の義務、四夜目の戦い
四日目。
さすがに体力的にもしんどくなってきた。
昨日2回もしなければよかったと、少し後悔した。

今夜の“奥さん”は、婦人会の会長の、千佳さん。
ショートカットで、キリッとした眼鏡をかけている。
「遅かったですね。ご飯、温めなおします」
帰りが遅くなって待っている間、千佳さんは部屋の掃除までしてくれていた。
「ノリ子さんが、真也さんは片付けが苦手って言ってましたよ」
なんだか小姑にダメ出しされているような気分だ。
しかし料理の味はパーフェクト。
「四日目でお疲れかもしれませんが、今夜も夫の役割、しっかり果たしてもらいますから」
今までの“奥さん”と違って、千佳さんは終始上から目線だった。
それはベッドの中でも変わらなかった。
これではまるで言葉責めじゃないか。
しかし今までのセックスの中で、なぜかオレは一番興奮した。
その4:高校時代、君に言えなかったこと
五日目。
日替わり夫婦生活も後半に入った。
玄関を開けた瞬間、どこか懐かしい空気を感じた。
そこにいたのは、小柄で優しそうな女性。
その顔を見た瞬間、時が巻き戻ったような感覚に襲われた。
「……え? 真也くん……?」
オレもすぐに思い出した。
「さ、里美ちゃん? もしかして、高校で一緒だった里美ちゃん?」
まさか今夜の“奥さん”として、同級生と再会するなんて、思ってもいなかった。

高校のとき、彼女は男子から人気があった。
オレも少し気になっていた。
しかし話しかけようと思っても、結局一度も勇気を出せなかった。
そんな彼女が、我が家の台所で、晩御飯を作ってくれていた。
「こんな形で再会するなんて」
「本当、人生って驚きだね」
ベッドの中でも、会話が止まらなかった。
「高校のとき、私が真也君のこと好きだったの知ってた?」
「そうだったんだ、うれしいなあ。オレも」
オレも里美ちゃんで何度も抜いたよ、とは口が裂けても言えなかった。
この夜のオレは、今までのどの“奥さん”よりも、貪るように彼女を抱いた。
その5:リアル看護と、夜勤の延長
六日目。
今夜はどんな“奥さん”だろう?
毎晩ワクワクしながら家に帰ってくる。
玄関を開けると「おつかれさまでーす」と大きな声。
今夜の“奥さん”は弘美さん。
看護師で、今日は仕事帰りとのこと。
カジュアルなパンツに、明るいトップス、ミディアムのパーマヘア。
「夕飯はカレーです」
おおらかで明るく、話していると、自然とこちらも笑顔になる。
パートナー・シャッフル・ウィークについて尋ねると
「これって連日夜勤みたいなもんですよ。もう寝落ち寸前です!」
と言われ、二人して笑ってしまった。
それでも「夜のお務めはしっかり果たしてくれる弘美さん。

「看護師の制服、持ってきてますけど、どうします?」
「ぜひお願いします」
ただのコスプレじゃない、リアルコスチュームプレイを堪能した。
その6:奥様は女王様
七日目の夜。
日替わり“奥さん”体験、パートナー・シャッフル・ウィークも、とうとう最終日を迎えた。
毎晩違う女性と、夫婦として過ごしてきた。
家事の仕方も性格も、みんなバラバラで、毎晩違う人生を体験しているようだった。
最後の“奥さん”は、美容師をしている玲子さん。

「こんばんは、今日は私が“奥さん”です」
落ち着いた色合いの服、整ったボブヘア。しゃきしゃきとした物言いが印象的だ。
毎晩大変だったでしょ?
肩こり、すごいですね。腰も張ってますよ
と言って、ベッドではマッサージをしてくれた。
さすが美容師、本当に気持ちいい。
「今日はゆっくりしてください」と言いながらも、夜はしっかり“奥さん”してくれた。
男勝りな玲子さんの主導で、最後の夜が終わった。
そして審判の日
その1:誰と人生を、やり直すか
パートナー・シャッフル・ウィークは終わり、投票の朝が来た。
テーブルには封筒が置いてあった。
中を開けると、記入欄が3つ。
第1希望から第3希望まで
「今後あなたが、一緒に歩みたいと思う、パートナーの名前をお書きください」とあった
この一週間、まるで違う別の人生を、何度も体験した気分だ。
それぞれの“奥さん”の家事の仕方、話し方、ベッドでの癖――全部違う。
控えめだけど芯の強い静香さん。
優しく世話を焼いてくれる美佐子さん。甘えてくる由紀恵さん。しっかり者の千佳さん。
同級生で、懐かしい気持ちにしてくれた里美さん。健康的で明るい弘美さん。
そして男勝りな玲子さん。
どの“奥さん”も、それぞれ魅力的だった。
いったいオレは、誰を選べば一番いいんだろう……
新たに指名したいパートナーの名前を、何度も書いては消した。
そして……投票した。
その2:再婚六組、原点回帰は一組

いよいよ発表の時間。
マンションの集会室に、七組の夫婦が集められた。
1週間ぶりにノリ子の顔を見た。
だが発表が済むまで、男女は別々に座らされ、話すことはできなかった。
今までの“奥さん”たちを見て、オレはそれぞれの夜のことを思い出していた
同時にノリ子も、ホカの旦那たちと、どんな夫婦生活を送っていたんだろうと思うと、少し複雑な気持ちだった。
集会室のホワイトボードには「パートナー・シャッフル・ウィーク 最終結果発表!と大きく書かれている。
司会進行は、婦人会のリーダー千佳さん。
マイクを握る彼女を見て、また4日目の夜を思い出した
「それでは、AIによる、最終結果を発表します!」
タブレットを操作すると、プロジェクターに、マッチングの結果が映し出された。
会場が大きくどよめいた。
「……というわけで、今回のPSW、七組中、なんと六組が、新たなパートナーでリスタートすることとなりました!」
えっ、みんなそんなに……?
「そして元のまま残ったのは、真也さんとノリ子さん夫婦だけでした!」
会場中、拍手と笑いが起こる。

俺はノリ子の方をちらりと見た。
彼女も少し照れたような笑みを浮かべていた。
「……あのさあ、誰に投票したの?」
思い切って聞いてみた。
「うん……実は、第1希望から第3希望まで、全部、真也って書いた」
思わず噴き出しそうになった。
「俺もだよ。第1も第2も第3も、全部ノリ子」
ノリ子も声を出して笑った。
「ナニそれ、恥ずかしい……」
七組中、元の夫婦に戻ったのは自分たちだけ。
他の組は、新しいパートナーと新生活を始めることになった。
第四章:ベッドの中の、再出発

その夜、久しぶりにノリ子と一緒に寝た。
このベッドは、昨日まで7人の“奥さん”が寝たベッドだ。
だがノリ子は、あまり気にしている様子はなかった。
オレもノリ子とホカの旦那たちとの夜のことは……気にしないことにした。
「一週間、どうだった?」
「うーん、思ったより大変だったよ。みんな料理の味付けにうるさいし、それに夜も個性が強くて」
二人で笑いながら、お互いの体験を報告し合った。
「どうする?久しぶりにエッチする?」
「いや、今夜はもういい。それより眠りたい」
そしてノリ子が枕元でぽつりと言った。
「人生いろいろあるけど……またよろしくね」
俺も小さくうなずいた。
「こちらこそ、これからもよろしく」
お互いちょっと照れくさかったけど、きっとこれからも、幸せな夫婦でいられると思った。
完