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赤垣源蔵 徳利の別れ

徳利の別れ

兄へ別れの挨拶

時は元禄15年12月。

江戸の街は深々と降り積もる雪に覆われていた。

赤穂浪士たちが吉良邸へ討ち入りを決行する、まさにその前日のことである。

一人の男が雪を踏みしめ歩いていた。

男の名は、赤垣源蔵重賢(あかがきげんぞう しげかた)。

かつては赤穂浅野家の家臣であったが、お家取り潰し以降、その姿は見る影もなかった。

だがその姿を誰よりも悲しんでいたのが、兄である塩山伊左衛門であった。

源蔵にとって伊左衛門はただの兄ではない。

父親代わりとも言える特別な存在だった。

源蔵の脳裏に幼き日の記憶が蘇る。

幼き日の兄

それは、二人がまだ幼かった日のことである

手習いをサボった源蔵たちは厳格な父の怒りを買い、暗い蔵の中に閉じ込められたことがあった。

腹を空かせ、心細さに泣き出す源蔵。

そんな二人に屋敷のばあやが握り飯を差し入れてくれた。

「若様、内緒でございます。これをお食べください」

空腹だった源蔵は、その握り飯に、飛びつこうとした

「源蔵、ならぬ!」

一緒に蔵に入れられていた、兄、伊左衛門が制した。

兄は、腹が鳴るのを堪えながら、厳しい眼差しで弟を叱責した。

「武士たるもの、いかに飢えようとも、隠れて握り飯を食うなど、そのような真似をしてはならん。

父上の許しが出るまで、じっと耐えるのだ。それが武士というものだ」

さらに、それだけではなかった。

ばあやに対し

「ばあや、かたじけない。ばあやのその気持ちだけで、我らの腹は十分満たされた」

と、感謝の言葉も忘れなかった

時には厳しく、時には優しく。

言葉で、態度で、自分を導いてくれた兄であった

会えぬ兄、会わぬ義姉

源蔵は、本当は酒を一滴も飲めなかった。

それでも酒好きの兄に合わせ、酒を飲むようになった。

すべてはこの兄への思慕ゆえであった。

「……兄上。源蔵は、武士としての誇りを捨てたわけではございませぬ」

雪の中、源蔵は兄の屋敷の前に立った。

明日の討ち入りで、自分は死ぬかもしれぬ。

その前に、一目だけでも兄に会い、別れを告げたかった。

しかし、不運であった

女中から告げられたのは「旦那様は不在」という言葉だった。

「左様か。兄上は留守か。一目お会いしたかったが……

では、姉上に取り次いで……」

と頼もうとした。しかし

「奥様は持病の癪が起こり、お会いできません」

これまた、つれない返事であった。

酒に溺れ、たまに訪ねてくれば金の無心をする。

そんな義理の弟など、会いたくもなかったのである。

源蔵は、それも無理はないことか、と自分に言い聞かせた。

源蔵は徳利を差し出し、

「実は、兄上にお勧めしたい酒を持参したのだが、不在では仕方ない。

兄上の部屋に案内してくれ。そして兄上の羽織を持ってきてほしい」

そう言って、半ば強引に屋敷に上がり込んだ。

女中は不審がりながらも主人の羽織を持ってきた。

今生、兄との別れの酒

源蔵は、その羽織を上座に丁寧に掛け、まるでそこに兄が座っているかのように、居住まいを正した。

「兄上。源蔵でございます。本日はお別れのご挨拶に参りました」

源蔵は、誰もいない羽織に向かって語りかける。

「私がこのように酒浸りとなり、落ちぶれ果てた姿をお見せし、さぞご心痛でございましたでしょう。

姉上にも、多大なご迷惑をおかけしました。

しかし兄上、あの蔵の中で教えていただいた『武士の誇り』

この源蔵、一日たりとも忘れたことはございませぬ」

源蔵は、震える手で自身の杯と、羽織の前の杯に酒を注いだ。

「兄上、これが今生の別れでございます。どうぞ、この酒をお納めください」

源蔵は自らの杯をあおると、羽織の前の杯も飲み干した。

涙を堪え、笑顔を作って、虚空の兄に酌をする。

かつて無理をして飲んでいた酒。

しかし、今夜の酒は、五臓六腑に染み渡る、熱く、そしてあまりにも切ない味がした。

ひとしきり飲み終えると、源蔵はすっくと立ち上がった。

帰り際、源蔵は女中にひと言、こう言い残した。

「兄上が戻られたらお伝えくだされ。次は、来年のお盆に参りますと」

来年のお盆。

それは、もう生きて会うことはないという意味であった。

降りしきる雪の中、決死の覚悟を秘めた男の背中は、やがて白さの中に消えていった。

兄の涙

翌日。 江戸中がひっくり返るような大騒ぎとなっていた。

「赤穂浪士、吉良邸へ討ち入り!」

赤穂浪士たちの、泉岳寺までの凱旋に、江戸の街がお祭り騒ぎになっていた。

源蔵の兄、伊左衛門は、その凱旋の中に、弟がいるかどうか、女中に確認に走らせた。

「いました、源蔵様がいらっしゃいました」

それを聞いて、伊左衛門の目から涙が溢れ出した。

「源蔵……! お前、やはり武士であったか!

羽織に残る、昨夜の酒の匂い。

それは、弟が命を懸けて守り抜いた、武士の誇りの香りであった。

赤垣源蔵は、兄の教えを胸に、立派に義を貫いたのである。

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