朋子50歳。パートの主婦
夫の会社が倒産。収入のなくなった私たち夫婦は……
私は朋子、50歳の主婦です。
そして夫の智昭は60歳。
子供は大学を卒業して2年前に独立し、わたしたち夫婦は、二人きりの静かな生活を送っていました。
ところが去年、夫の勤めていた会社が倒産し、私たちの生活は急変しました。
夫は定年間近だったにも関わらず、退職金を1円も受け取れませんでした。
夫が無職になったことで、我が家の家計は逼迫していました。
夫は再就職を目指して活動していましたが、現実は厳しく、年齢を理由に何度も門前払いを受けていました。
この1年間、私のわずかなパート収入と、それまでの貯えでなんとか凌いできました。
私は、新しい服も買わず、食卓のおかず減らしたりして、倹約に努めてきましたがそれももう限界です。
貯金ももうすぐ底を突こうとしていました。
ある朝、私が店に出勤すると事務所には誰もいませんでした。
ふと見ると、店長の机の上に現金がむきだしのまま、無造作に置かれているのが目に入りました。
「五万円……」
その瞬間、魔が刺すというのでしょうか。
わたしは自分でも信じられない誘惑に駆られました。
このお金があれば、今月の家賃や光熱費が払える。食卓が少し潤う。
この時の私はそこまで追い詰められていたのです。
心臓が早鐘のように打ち始め、手が自然とそのお金に伸びていきました。
しかし次の瞬間、背後から冷たい声がしました。
「おい、何をしているんだ」
振り向くと、そこには店長の渡辺が立っていました。
渡辺は蛇のような性格で、スタッフのわずかなミスを見つけては、いつまでもネチネチと嫌味を言う、いやな店長でした。
渡辺が鋭い目つきで、私を睨みつけています。
「ち、違うんです、私は……」
私は慌てて手を引っ込めました。
お金には手も触れていません。
しかし渡辺はニヤリと笑い、
「見たぞ。おまえは今オレの金を盗もうとしていたな」
その言葉に、私は全身が凍りつき、手足がガタガタと震えました。
「ち、違います。わたしは、決してそんなことしようとは思っていません」
震える声でわたしは訴えました。
しかし渡辺は、怯える私を追い詰めます。
「ウソをつくな。お前は事務所に誰もいないのをいいことに、オレの金を盗ろうとしていた。
お前がオレの金に手を伸ばしたところをちゃんと見たぞ」
たしかに私の心のどこかで、そのような卑しい誘惑の声が、一瞬囁いたのは事実でした。
私はその場に膝から崩れ落ちてしまいました。
「安心しろ。今見たことは、誰にも言わないで黙っていてやる。二人だけの秘密だ」
「店長……」
「ただしその代わり……わかっているな」
脅され、一度きりという約束で
その日、仕事が終わると、私は渡辺にホテルに呼び出されました。
今朝のことを秘密にする代わりに、自分と関係を持つように迫られたのです。
「ごめんなさい、今日は残業で遅くなるの」
夫に帰りが遅くなることを電話で告げました。
それを横で聞いていた渡辺は
「ふふふ、ウソをつくのがうまいねえ。今までも男とデートするとき、そうやって旦那さんを騙していたのかな」
渡辺はそんな嫌味を言いながら、私を責めたてました。
冗談じゃありません。
わたしは浮気どころか、今までの人生で夫以外の男性と関係を持ったことも無いのです。
「お願いです。約束してください。この1回きりだって」
「ああ、約束するさ。ただしお前がオレを満足させられたらね」
そういうと渡辺は、私に服を脱ぐように命令しました。
私だけが服を脱いでいく様子を、渡辺はソファーに座って、いやらしい目でみていました。
下着だけになって、私がそれ以上脱ぐことを躊躇していると
「下着も全部脱ぐんだ。そして裸になったらこちらに来るんだ」
私は手で前を隠して渡辺の前に立ちました。
「恥ずかしいのかい?手ですこしぐらい隠したって無駄だと思うがね」
まるで蛇が小動物をいたぶるように絡んできます。
そして渡辺は私を品定めするようにジロジロと見ながら
「シワもシミもないきれいな肌だ。とても50歳とは思えないな」
そう言いながら渡辺の手が私の体に触れると、恐怖と気持ち悪さの両方で、鳥肌が立ちました。
「前からずっと、お前をオレのものにしたいと思っていたんだ」
そういうと渡辺は私を強引に抱き寄せました。
渡辺の行為には、優しさとか愛情とか、そう言ったものは一切ありませんでした。
普段の店での態度と同様に、蛇のようにねちっこく、私を攻めてきます。
「気持ちよかったら、声を出してもいいんだぞ」
わたしは意地でも声を出すもんかと、歯を食いしばってこらえていました。
「可愛い顔して強情なやつだな。だがもう時間の問題だ」
そしてとうとう私の口から、いやらしい声が漏れてしまいました。
この瞬間、私の中で何かが崩れていくのがわかりました。
暗闇の中へ引き摺り込まれて
家に帰る途中、私は涙が止まりませんでした。
でももし私のパートの仕事まで失くなったら、我が家の家計は本当に破綻します。
そしてこれ1回きりだと、自分に言い聞かせるしかありませんでした。
しかし渡辺はその後も私に関係を迫ってきました。
店でも私を店長室に呼び出し、からだを求めてきます。
私は拒否しようとしても、渡辺の脅しに抗うことはできませんでした。
「1回だけという約束だったはずです」
そう抗議しましたが
「お前は自分が交渉できる立場だと思っているのか。旦那さんに全部喋ってもいいんだぞ」
渡辺に逆らうことができず、かと言って仕事を辞めるわけにもいきません。
私は黙って耐えるしかありません。
「オレに口ごたえした罰だ。明日は下着を着けずに出勤しろ。上も下もだ。そしてそのまま1日レジに立つんだ」
渡辺のこんな破廉恥な命令にも、私は従うしかありませんでした。
解放された朝
次の日、私は言われた通り下着を着けずに出勤しました。
店に着くと、そのことを他の人に気づかれないか、ビクビクしていました。
しかし何故か、渡辺の姿がどこにもありません。
バックヤードに店のみんなが集まって話をしていました。
渡辺は店の金を着服していたことがバレ、クビになったとのことでした。
私はその話しを聞いたとき、言いようのない安堵感に包まれました。
長い悪夢からようやく解放されたのです。
そしてその日の仕事を終え、家に帰ると、夫が笑顔で私を迎えてくれました。
「朋子、オレ再就職が決まったよ」
その言葉を聞いた瞬間、私は涙があふれ出ました。
夫は私の手を優しく握り
「1年間苦労かけてすまなかった。でももう大丈夫。これからも一緒に頑張ろう」
そう言ってくれました。
つらい1年でしたが、やっと光が見えてきました。
こうして私たちはもとの平和な日を取り戻すことができたのです。
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朗読用に脚本を少し変えてあります。