1番好きな人とはもう会えないから、仕方なく2番目の人に抱かれる私
紹介
私は貴美子、52歳のバツイチです。
前の夫と離婚して、もう5年になります。
離婚の原因はありきたりですが、夫の浮気でした。
もう結婚なんて懲り懲り、恋愛もしたくないと思っていました。
ですが五十路を過ぎた頃から、一人で生きていく寂しさに、耐えられそうにありませんでした。
「そろそろ新しいパートナーをさがしてみたらどうかしら
学生時代からの親友の良子から
「いいひとがいるの。紹介してあげるわ
そう言われ、私はその方と会うことにしました。
私はその日、お出かけの準備をする中で、下着を入念にチェックしていました。
ただ紹介されて、会って食事をするだけなのに……
私ったらいったい何を期待してるんだろう
こんな下着をつけて行って、もしそういうことになった時、いかにも待ってましたと思われそうじゃないですか。
もっとも二人っきりならともかく、今日は良子と一緒。
3人で会って、いきなりそういうことになるなんて、さすがにちょっとあり得ません。
そう思い直して、私は普段から着け慣れた、すこしくたびれた下着にしました。
出かけ間際に
待ち合わせの場所は駅前のカフェ。
そこで良子とその男性と、三人で会うことになっていました。
そして家を出ようとしたときに、良子から電話がありました。
「キミちゃん、ごめんね!急に仕事が入っちゃって、今日行けなくなったの。ヒロシさん、いいひとだから安心して!二人で楽しんでね」
と良子が早口で伝えると、あっという間に電話が切れました。
私はこの時初めて、相手の男性の名前を知りました。
しょうがないので私はとりあえず身支度を整え、急いで家を出ました。
私は相手のかたの名前と、服装が紺色のジャケットだとしか聞いてませんでしたが、とりあえず店まで行けばなんとかなるだろうと思っていました。
待ち合わせの店に向かう電車の中で、私はスマホを忘れたことに気がつきました。
急いでいたので、うっかり玄関にスマホを置いたままだったのです。
さらに迷っていた下着は、結局あり得ないダサいパンツを履いてきたのでした。
3人で会う予定がふたりっきり。
万が一そういうことになったらどうしよう……
いや絶対今日はそういう雰囲気にならないようにしよう
そもそも会ったその日になんてあり得ない、だから下着まで心配しなくても大丈夫!
そう自分に言い聞かせました。
ヒロシとヒトシ
カフェに入って店内を見渡すと、紺色のジャケットを着ている男性が二人いました。
一人の方は50代ぐらい、もう一人は、後ろを向いているので顔までは見えません。
どちらに声をかけようか迷っていると、後ろ向きの男性の方には別の女性がやってきました。
どうやらあの女性と待ち合わせだったみたいです。
私はもう一人の男性に声をかけました。
「すみません、ヒロシさんですか?」
「そうです、ヒトシです」
ヒロシさんじゃなくてヒトシさん。
電話で名前を聞き間違えていたようです。
「紹介で来たキミ子です。よろしく」
ヒトシさんはとても誠実で、やさしそうな人でした。
ふたりとも趣味が映画鑑賞で、いま上映中の少年探偵アニメの話で盛り上がりました。
ヒトシさんは声優やストーリーだけでなく、キャラの心理描写にまで掘り下げて、映画を見ている人でした。
「ぼくたち、話が合いますね」
「わたしもです。ヒトシさんて、とても楽しいかたですね」
男性とこんなに楽しい時間を過ごせたのは何年ぶりでしょう。
忘れかけていた私の中の女が、目を覚ましたみたいです。
この時間がもっと続けばいい、今夜はこの人と一緒にいたい、そう思いました。
食事を終えて店を出ると、私たちは自然と腕を組み、寄り添って歩いていました。
そしてホテルの前で立ち止まり、彼が優しく私の手を取りました。
「少し休憩しましょう」
そう言われた時、私は大事なことを思いだしたのです。
今日のパンツは!
そうです、まさかこんなことになるとは思わず、今日の私は、ババシャツとダサいパンツだったのです。
「あのお、きょうはそのお、やっぱりダメです!ごめんなさい」
そう言って私は、その場から逃げるように走りだしました。
電車に乗ってから、何も走って逃げ出さなくてもよかったのにと後悔しました。
「今日会ったばかりですから」と普通に断ればよかった。
なのにいきなり走って逃げ出すなんて。
ずいぶん失礼なことをしたと反省しました。
そういえば連絡先も聞いてなかったけど、それは良子を通じて謝ろう。
そしてそのときに、是非もう一度会いたいと言えばいい。
この時はまだそんなふうに、安易に考えていました。
家に帰ると、すぐに良子から電話がありました。
「キミちゃん、何やってたの?ヒロシさんと会えなかったの?」
ヒトシさんとはちゃんと会えたよ
「ヒロシさんよ、ヒトシさんじゃなくてヒロシさん」
最初は一体何を言っているのかわかりませんでした。
話をするうちに、どうやらヒトシさんは、ただ偶然その場にいただけの、別の男性だったことがわかりました。
そうだとしたら!
連絡先を知らないヒトシさんとは、これで会うことが出来なくなりました。
2番目の人
ヒトシさんとの出会いと別れから1週間後。
私は本来紹介されるはずだった、ヒロシさんと会うことになりました。
正直ヒトシさんのことが忘れられませんでしたが、連絡先も交換してなかったので、もう諦めるしかありませんでした。
待ち合わせの店に着くと、ヒロシさんは既に到着していました。
ヒロシさんもヒトシさん同様、誠実でやさしそうな感じのかたでした。
また話題は映画のことになりました。
偶然にもヒロシさんも映画ずきで、彼もまた上映中の少年探偵アニメについて話してくれました。
ヒロシさんもまた、映画の細かい演出や描写、セリフの隅々にまで目をやる人でした。
しかしそんなヒロシさんと話をすればするほど、私はヒトシさんのことを思い出していました。
ヒロシさんの話も興味深いのですが、どうしてもヒトシさんとかぶってしまうのです。
私は失礼とは思いながらも、心の中でヒトシさんとヒロシさんを比べていました。
食事を終えた後、わたしは1週間前と同じように、今日会ったばかりの男性と、腕を組んで歩いていました。
ヒロシさんは私に「もう少し一緒にいたいです」と言って、ホテルへ誘いました。
私は先日の失敗を反省して、今日はちゃんとした下着を着けてきました。
「今日は大丈夫です」
「なにがですか?」
「ああいえ独り言です、気にしないでください」
そして何年ぶりでしょう。
私はずいぶん長い間、男の人と肌を重ねていませんでした
前の夫と離婚してから5年、そしてその前から数えると、わたしは10年以上レスでした。
女としてわすれかけていた、男の人にだかれる喜びを、今夜ヒロシさんは思い出させてくれたのです
それなのに私は、ヒロシさんにだかれながら、これがもしヒトシさんだったらと。
この時になってもまだ、未練がましく思っていました。
1番目の人
ピロートークでは、先日お互いが会えずにいて、どうしていたのかという話になりました。
「先日はすみませんでした。ずいぶん待たれたんですか?
「いえ、それがですね」
あの日ヒロシさんは、私以外の女性から間違って声をかけられ、そのまま気づかずにデートしていたそうです。
「マッチングアプリで、初対面の人と待ち合わせしていたらしいんですけど、その子はスマホを忘れてあの店に来たんです。
そこで勘で僕に声をかけてきたんです。
『ヒトシさんですか』と。
相手の名前も、キミ子さんじゃなくてクミ子さん。
お互い名前を少し間違えてるって思ったけど、そのままスルーしてデートしたんです」
「あのときの!」
わたしがあの時、どちらか迷ったもう一人が、このヒロシさんだったんです。
「その女性とは、連絡先を交換しましたか?」
「交換したけど」
「すぐに連絡してください!」
ヒロシさんがその子に連絡すると、なんとヒトシさんとデートの最中でした。
話をすると、ふたりは近くにいるというので、私たちは今から4人で会うことにしました。
待ち合わせ場所に行くと、ヒトシさんとクミ子さんが、仲良く腕を組んでいるのが見えました。
私も負けじと、ヒロシさんと腕を組みました。
ふたりに近づくと、フワッとソープの良い香りがしました。
おそらくこの二人も、今までホテルにいたんだと分かりました。
相手も私たちに同じことを思ったと思います。
でもこのままだと、ヒトシさんとクミ子さん、そしてわたしとヒロシさんが付き合うことになってしまう。
さっきヒロシさんにだかれて分かりました
私はやっぱりヒトシさんと付き合いたいのです
「クミ子さん、女同士で話をしませんか」
私たちは二人だけで話をしました。
「正直に言います。今まで私とヒロシさんはホテルにいました」
「私たちもです」
「その結果、わたしはヒロシさんでなく、ヒトシさんと付き合いたいと思いました」
「わたしもヒトシさんでなく、ヒロシさんの方が良いかと思いました」
「では決まりですね」
「そのようですね」
あっさり話がまとまりました
「もうひとつ聞きたいんですが、前回のデートで、ヒロシさんとはどうだったんですか?
「いや、それがしてないんです。ホテルの前まで行ったんですが、わたしが逃げるように帰っちゃって。それを謝りたかったんです」
「わたしの推理ですけど、それはその日の下着がダサかったから、ですね」
「よくわかりましたね」
「探偵映画が好きなんですよ」
私たちは話し合い、これからは私はヒトシさんと、そしてヒロシさんとクミ子さんが付き合うことになりました。