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両国橋の出会い

宝井其角と子葉(大高源吾)

煤竹売り

時は元禄十五年、十二月十三日。

江戸の街は、空から舞い落ちる、真っ白な雪に包まれていた。

その雪の中を、一人の男が足早に歩いている。

江戸蕉門の巨匠、宝井其角である。

俳諧の宗匠として名を馳せ、華やかな付き合いも多い彼は、その日も贔屓にしている屋敷での句会を終え、ほろ酔い気分で帰路についていた。

場所は、両国橋。

隅田川にかかる大橋の上は、吹きっさらしの風が冷たい。

其角が襟を合わせ、橋の中ほどまで差し掛かった時のことである。

「煤払いは要らんかね……煤竹じゃ、煤竹じゃ……」

寒風にかき消されそうな、低く、しゃがれた売り声が聞こえてきた。

見れば、橋の欄干に身を預けるようにして、みすぼらしい男が一人、煤払いに使う笹竹を売っている。

着物は綻び、履物は藁が飛び出している。

見るからに憐れな姿であった。

(気の毒に……この寒空の下で)

其角は懐から小銭を出し、恵んでやろうと近づいた。

その時、男と目が合った。

「……!」

男はハッとして顔を背け、頭巾で顔を隠すようにして立ち去ろうとした。

だが、其角はその顔に見覚えがあった。

「待たれよ。そなた……もしや、子葉殿ではないか?」

子葉というのは、大高源吾の俳号、すなわち俳句を読む時のペンネームである。

かつて其角のもとで俳句を学び、その風流で粋な句は”伊達の子葉”と呼ばれていた。

あのような立派な武士が、今は見る影もない煤竹売りに身を落としていたとは……

声をかけられ、源吾は顔を上げた。

やつれ果てた顔に無精髭。

かつての勇猛で知的な武士の面影は、どこにもないように見えた。

「面目次第もございませぬ。藩が取り潰されて一年九ヶ月……。こうして煤竹を売って、日々の糧を稼いでおります」

其角は言葉を失った。

赤穂の浪人たちは、主君・浅野内匠頭の仇を討つべく、その機会を狙っていると、世間では噂されていた。

しかし、目の前にいる源吾はどうだ。

仇討ちどころか、今夜の食い扶持にも困る有様。

其角には、失望にも似た、哀れみしか感じなかった。

「苦労をしておるのだな」

其角は、自分の着ていた羽織を脱いで、寒さに震える源吾にかけた。

「これを着て、暖をとりなされ」

「宗匠、これは……」

「よいのだ、気にするな」

源吾は嬉しさのあまり涙がこぼれた。

「そうだ、久しぶりに会ったのだ。ひとつ前句付でもして遊ぼうではないか」

前句付とは、二人で上の句と下の句を読み合い、ひとつの歌を作る遊びである。

其角が先に詠む

「年の瀬や 水の流れと 人の身は」

これは、年の瀬の川の水が流れていくように、人の境遇というものもまた、儚く移ろいやすいものだなぁ、という意味である。

今の源吾の境遇を嘆く、切ない句である。

すると源吾は腕を組み、少し考えて、次のような句を返した。

「あした待たるる その宝船」

其角は耳を疑った。

宝船だって?

宝船といえば、正月の縁起物か、そうでなければ、商売がうまくいくことを願う、金運の象徴だ。

其角は心底がっかりした。

「明日は煤竹がたくさん売れて、銭が儲かるといいなぁ」という意味にしか聞こえなかったのだ。

(子葉殿。あなたは心まで乞食に成り下がってしまったのか。かつての風流なお心はどこへ消えたのだ)

其角は逃げるようにその場を去った。

源吾は遠ざかる師の背中に向かって、深々と頭を下げ続けていた。

明日の宝船

さて、家に帰り着いた其角。

酒が抜けるにつれ、青ざめた。

「しまった……!」

子葉殿にあげたあの羽織。

実は自分の物ではなく、松浦のご隠居から拝領したばかりの大切な品だったのだ。

酒の勢いと、あまりの憐れさに、つい子葉殿に恵んでしまった。

(これは大変なことをしてしまった。明日にでも謝りに行かねば……)

宝船の真意

翌日、其角は謝罪のため、松浦のご隠居の屋敷を訪れた。

ご隠居は、其角の話を聞いた。

「なるほど。橋で会った乞食同然のかつての友人に、わしがやった羽織を与えてしまったと」

「はい 誠に申し訳ございません。あまりにその姿が憐れで……」

「子葉さんと言ったな?それはもしや、あの赤穂の、俳句の上手かったお武家さんか?」

「左様でございます。しかし今は落ちぶれ果て、俳句の心も忘れておりました。

私の詠みかけにも、『明日待たるるその宝船』などと、金銭を欲しがるような、卑しい句を返す有様でして」

其角がそう言い捨てた時だった。

外から町の人々の、大きな歓声が聞こえてきた。

「赤穂浪士、吉良邸へ討ち入り!」

「見事、吉良上野介の首級をあげたぞ!」

屋敷の外がにわかに騒然となる。

ご隠居が叫ぶ。

「其角! 聞いたか! 討ち入りだと!?」

其角は雷に打たれたように硬直した。

昨夜の子葉の顔が、鮮烈に蘇る。

『あした待たるる その宝船』

ご隠居が、ハッとして膝を打った。

「そうか! 其角、お主は読み違えておるぞ!その句は、金が欲しいという意味ではない!

『あした待たるる』とは、十四日の討ち入りを。

そして宝船とは、仇の首級を乗せて引き揚げる、凱旋の船のことじゃ!」

大高源吾は、俳句の心を忘れたわけでも、落ちぶれたわけでもなかった。

誰にも本心を明かせぬ孤独の中で、俳句という形を借りて、その覚悟をこっそり伝えてくれていたのだ。

「四葉殿、私はなんと浅はかであったか。そなたの真の意図に気づかず、憐れみなどかけてしまった」

其角の目から、涙がこぼれ落ちた

その頃、泉岳寺へと向かう義士の列の中に、其角の羽織を身にまとい、晴れ晴れとした顔で歩く、大高源吾の姿があったとか。

「明日またるる その宝船」それは、伊達の四葉と呼ばれた男の、粋で切ない俳句であった。

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