恵子58歳、バツイチ
40年前には無かったSNS
私はケイコ。58歳のバツイチ、独身。
ある日、SNSを眺めていると、懐かしい名前が目に飛び込んできました。
「shinichi****」
高校時代の恋人の名前でした。
「新一……もしかしてあの新一くん?」と思わず声に出してしまいました。
そのアカウントをクリックすると、そこには少し歳を取った新一くんの写真がありました。
高校時代、私は彼と付き合っていました。
お互い初めての恋愛で、いつも一緒にいました。
でもまだ、高校生だった私たちは、キス以上には進みませんでした。
「これより先は卒業してからにして」
私が彼にそうお願いしていたからです。
彼は私を大切にしてくれていました。
しかし、彼が東京の大学に進学すると、会うことはなくなり、いつの間にか自然消滅しました。
それ以来連絡を取ってませんでしたが、40年前にはなかったSNSというネットワークで、また彼とつながることができたのです。
私は思い切ってメッセージを送りました。
「新一くん、覚えてる? ケイちゃんだよーー」
高校生のような軽いノリの文章。
送信ボタンを押した後、期待と後悔がいり混じった気持ちになりました。
もし返事が返ってこなかったらどうしよう……
今さら還暦前のおばさんがバカみたい。
でもそんな心配をよそに、すぐに返信が届きました。
「ケイちゃん! おぼえてるよ。新一だよ。元気だった?」
そのメッセージを見た瞬間、懐かしい思い出が一気に蘇ってきました。
歓喜で心臓はドキドキです。
すぐに返信しました。
すると相手からもまた返信。
メッセージのラリーが1時間以上続きました。
その日のうちに、私たちは再会の約束をしていました。
40年ぶりの再会
そして週末の昼に、新一くんと40年ぶりに再会しました。
彼は高校時代の面影を残しながらも、大人の魅力を持つ男性になっていました。
私の心は、あの頃と同じようにざわめきました。
「ケイちゃん、全然変わらないね。昔の可愛いケイちゃんのままだ」
「はずかしいからやめて。すっかりおばさんになったでしょ」
「そんなことないよ。僕のほうこそ、もうおじさんだよ」
そして私たちは近くのカフェにはいり、お互いの近況や、過去の思い出ばなしに盛り上がりました。
彼が既婚者である可能性は考えていましたが、わたしはその話題を避けていました。
私だけではありません。新一くんも結婚のことについては触れてきませんでした。
もし知ってしまえば、お互いこれ以上進むことができなくなるからです。
それに結婚の話に触れなくても、いくらでも話が続きました。
飲み物をおかわりしても、まだまだ話題は尽きませんでした。
そして店を出て、歩き始めると、自然と二人は手を繋いでいました。
手を繋いで歩いていると、高校の時の通学路を思い出しました。
「あの時も、手を繋いで歩いていると、みんなからからかわれて恥かしかったわ」
「でも本当はそれが嬉しくて」
そのまま自然な流れでホテルに入りました。
40年という時間
新一くんは、やさしく私を抱きしめてきました。
その瞬間、40年という時間が一瞬で消え去り、私たちは高校の頃にもどったような気持ちになりました。
大人になった新一くんは、高校生とは違う、甘く切ない言葉で私にささやきます。
ベッドの中で、私と新一くんは、高校の時以来のキスをしました。
でも、高校生のような、唇をかさねるだけのキスではありません。
裸で抱き合い、舌を絡め合う、大人のキスです。
「高校の時、こうしてケイちゃんと一つになりたかった」
「ごめんなさい、あの頃はなんだか怖くて」
「でも40年経って、やっとケイちゃんを抱くことができる。まるで夢みたいだ」
「40年も待たせてごめんね。わたし、ずっと新一くんに抱かれたかったの」
そう、今私たちはタイムスリップして、18歳なの。
18歳の恋人同士にもどったの。
そんな妄想をしながら、私は新一くんに抱かれていました。
「ケイちゃん、こんな形で、また君と会えて嬉しいよ。でも、ぼくには話さなきゃいけないことがあるんだ」
やっぱり……
これから新一くんが、何を言おうとしているのか、もうわかっています。
聞きたくなかったけど。
だけどもう、聞かないわけにはいきません。
「実は、ぼくは結婚しているんだ」
気づいていたけど……
わかっていたけど……
でも、話はそれだけではありませんでした。
「その僕の相手だけど、美奈子なんだ。高校の時のケイちゃんの親友の美奈子」
「えーっ!?」
その名前を聞いた瞬間、思わず叫んでしまいました。
あの美奈子が、新一くんと結婚していたなんて、夢にも思いませんでした。
美奈子は私の高校時代の親友で、いつも私たちのそばにいました。
あの時から美奈子が新一くんを好きだったことは薄々気づいていましたが、まさか二人が結婚していたなんて。
「新一くんの奥さんが美奈子でよかった」
もし、奥さんがほかの女性だったら、きっと私は新一くんを奪おうと思ったに違いない。
「新一くん、ありがとう。でも、今日だけにしましょう。
美奈子にはあなたが必要だし、私は今日のことは思い出として心にしまっておきたいの」
新一くんは静かにうなずきました。
別れ際、
「さようなら」
と私は笑って、彼とキスをしました。
舌なんか絡めない、唇を重ねるだけの、高校生のキスです。
「美奈子とお幸せに」
そう言って彼と別れ、18歳の私の恋は、ようやく終わったのです。
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