序章 アツコ
パパ活の面接
中学3年生のアツコは、学校の女子たちを従えるボス的存在だった。
強気で、常に自分が中心にいることを当然と考える彼女は、学校カーストの頂点にいた。
アツコは中3になってから小遣い稼ぎのためにパパ活を始めており、もうすでに数人の「パパ」と関係を持っていた。
今回もそのパパ活のひとつだった。
遊び半分で始めたものだが、アツコにとっては日常の一部になりつつあった。
これからSNSで知り合ったタカシという中年の男と会う。
彼はプロフィールに「パパ活してくれる子募集」と書いており、アツコはいつも通りの流れで連絡を取った。
場所は大阪某所のファミリーレストラン。
タカシはすでに先に来ていて、一番奥のテーブル席にいるとLINEがあった。
店はそんなに混んでおらず、すぐに誰がタカシかわかった。
タカシを見た第一印象は、真面目だが気が弱そうな感じの中年オヤジだった。
あまりお金は持ってなさそうだが、それは見た目だけで判断できない。
「あ、どうも。タカシです、よろしく」
タカシは笑いながらメニューを開いた。
「なんでもええよ。好きなものを注文して」
アツコはメニューを見ながら考えた。
最初からいきなり高いものを注文するのはダメ。
一回きりならともかく、パパ活は長い付き合いになるかもしれないから、最初は無難なものを注文するのが基本。
「じゃあオレンジジュースで」
タカシは早速切り出してきた。
「で、条件だけど」
その内容はビデオ出演だった。
「え?ビデオですか?パパ活じゃないんですか?」
アツコはその瞬間、予想外の提案に驚いた。
「うん、掲示板には書きにくいのでパパ活ということにしたけど。本当はビデオに出演してほしいんや。本番ありやけどもちろん避妊はする。ちゃんと顔にはモザイクをかける。会員制で信頼のおける人にしか配らないから一般に流出することはない」
「それでいくらぐらいになるんですか?」
「報酬は1回8万円や」
「8万円!ですか!?」
ギャラを聞いてアツコはもう1回驚いた。
「撮影が終わればすぐに払う。金に関してぼくはウソはつかへん」
アツコの経験で一人称が「ぼく」の男は、支払いを渋ることはない。
普通のパパ活とは比べ物にならない高額な報酬。
しかし何よりもビデオ出演という言葉が彼女に一抹の不安を与えた。
「ビデオって…どういうビデオですか?」アツコは恐る恐る聞いた。
「どうって言われても困るけど……。普通の本番セックスや」
本当にその通りならおいしいバイトだ。
普通のパパ活なら10代でもその半分ももらえない。
本当にただセックスするだけ?顔も映らない?
「避妊」てちゃんとゴムをつけてくれるってことだよね。
しかし何か引っかかる。違和感を感じる……
アツコは考えた後「それはちょっと…でも、また連絡します」と答えて席を立った。
「連絡待ってるね。あ、これ交通費」
タカシは3000円をアツコに渡した。
「あ……どうも。ありがとうございます」
アツコは金を受け取ったが、タカシはまだ帰ろうとしなかった。
自分以外にも面接する子がいるんだろうなと思った。
斡旋
アツコは帰り道、ビデオに出るかどうか少し悩んでいた。
8万円は魅力的だ。
ビデオに出ると言っても顔にはモザイクをかけると言ってくれてる。
避妊もちゃんとしてくれるらしい。
それならいつものパパ活とほとんど変わりない。
しかし何か違和感がある。
本当にモザイクかけてくれる?
避妊と言っても、外出しとかじゃ避妊にならないし。
1vs1のパパ活でもヤバい男はいる。
まして撮影とか複数人の大人がいるのはちょっと怖すぎるかも。
「あ……そうだ!」
アツコに一つのアイデアが浮かんだ。
「そうだ、何も自分がビデオに出る必要はない。他の子を出演させ、そのギャラを抜けばいいんだ!」
自分が出演するんじゃなく他の女子を出演させよう。
これならば自分がリスクを負うことなくお金を手に入れることができる。
しかし友達を紹介すると言っても誰がいいだろうか。誰なら出てくれるだろうか?
言いなりになる子はいくらでもいる。
しかし今回はパパ活ビデオだ。
さすがに「ちょっとお願い」では無理だろう。
また迂闊に気の弱そうな子を選ぶと、親や学校に相談されてバレてしまう恐れがある。
それにタカシに対してもそれほど可愛くない子を紹介したらギャラも値切られるかもしれないし、次もないだろう。
そこそこ可愛い子で、自分の頼み……いや命令を聞く子。
アツコの中で、クラスでは自分の次ぐらいのポジションにいる幸恵を思いついた。
幸恵は勝ち気で負けず嫌いな性格だが、アツコには逆らえない。
ただ逆らいこそしないが、幸恵は内心では自分のことを嫌っていることを知っていた。
「幸恵をうまく言いくるめたら、今後彼女の弱みを握ることにもなる」
こうして、アツコは幸恵をターゲットにすることを決めた。
アツコはタカシにメールを入れた。
「出たいと言ってる友達がいるので紹介します」
第0章 タカシ
タカシはビデオを撮影するにあたって、いくつかルールを決めていた。
ひとつはお金に関して、必ずきちんと払うということ。
相手が未成年といえど支払いをしぶるとトラブルになる。
バックを持たないタカシは、いざトラブルとなると自分では処理できない。
トラブルの最大の防御は、トラブルを起こさないことだ。
タカシがネットに「ビデオ出演モデル募集」と書かないのは、警察に目をつけられないためというのが一番だが、それ以外にも理由はあった。
ビデオ出演と書くと、ハードルが上がってさすがに応募が来なくなる。
しかしパパ活とだけ書いておくとそれなりに連絡が来るのだ。
とりあえず会わないことには何も始まらない。
そして直接面接の場で初めてビデオ出演だと告げる。
会って話をしてギャラを提示すれば、わりとそれなりの確率で出演をOKしてもらえるのだ。
さらにその場でOKしてくれなくても、迷ってそうな子には、帰りぎわに交通費と言って2000円渡すようにしている。
そうすることで後から「やっぱり出ます」と返事が来る確率は上がった。
この日、タカシは6人の少女と“面接”していた。
「今日の中じゃアツコちゃんが一番よかったな。あの子が出てくれたら売れそうや」
第1章 幸恵
昼休みの教室で
アツコが半年ぐらい前からパパ活を始め、小遣いを稼いでいることを皆は知っていた。
だがそれを咎めるものはいなかった。
アツコには誰も逆らえないし、アツコが何をしていようが自分には関係ない。
むしろ羽振りが良くて、たまに自分達もスイーツとかを奢ってもらったりしてる。
「アッちゃん、いいよねえ。パパからいっぱいお小遣いもらって」
「私もパパが欲しいなあ」
みんなアツコの前ではそうは言ってるが、誰もそんなこと本気では思っていない。
お金があるのは羨ましいが、実際にパパ活をする度胸のある者はいないし、またいくらお金をもらったとしても、そんなことしたくない子が大半だった。
ただの表面的な同調、おべっかだった。
幸恵はアツコの友人でありながら、内心では彼女を嫌っていた。
勝ち気で負けず嫌いな性格の幸恵だったが、アツコには逆らえずに従っていた。
しかしアツコの腰巾着のように見られるのはゆるせなかった。
アツコと私は同級生で対等な友だち。
プライドの高い幸恵はいつもそう思っていた。
昼休み教室で幸恵が友達と笑いながら話していたところへ、アツコがやってきた。
アツコが近づくとみなに少し緊張した空気が流れた。
「幸恵、ちょっといい?」
アツコは穏やかな声で言った。
「うん、何?」
幸恵は微笑みながら答えたが、内心では警戒していた。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど。ちょっと来てくれる?」
アツコは慎重に言葉を選んだ。
幸恵は少し眉をひそめた。
「何?」
「いいからちょっと、こっちで話がしたいの」
命令されてるみたいで内心ムッとしたが、抵抗するとアツコは本当に命令して従わせようとしてくる。
みんなの前で命令されるのはプライドが許さない。
あくまで「頼まれた」という体裁でアツコの言うことに従った。
「あんた前にパパ活したいって言ってたよね。ちょうど良い話があるねん。ビデオに撮られるんやけど、顔にはモザイクはかけられて一般には流通しない。それで報酬は1回1.5万円」
幸恵は驚いた表情を見せたが、すぐに平静を取り戻した。
「ビデオって、どんな?」
「だからパパ活のビデオ。それで1時間ぐらいで1万5千円」
幸恵は冗談じゃない、絶対嫌だと思った。
なんと言って断ろうか。
「顔のモザイクと避妊はちゃんとしてもらえるって言ってるやん」
「それにあんたもパパ活したい、小遣い欲しいって言ってたやん。ねえ、もしかしてビビってる?」
最後のビビってる?に幸恵はカチンときた。
「べつに……ビビっちゃいないけど」
「じゃあ決まりね。大丈夫、私でもできるんだし幸恵なら楽勝よ」
撮影の日
撮影の前日、幸恵の心は重くなっていった。
アツコの言う「パパ活ビデオ」とは一体何なのか。
本当にそれに出演するべきなのか。
しかしアツコに逆らうことはできない。
まして今から断るとビビって逃げたみたいで、後々アツコに馬鹿にされるような気がする。
撮影当日、学校が休みの日。アツコに連れられて撮影現場に向かった。
場所はラブホテルだった。
幸恵はことの重大さに気づいたが遅かった。
そしてここまできて、もう引き返すことも出来ないこともわかった。
アツコは別の場所で時間を潰して待っていると言った。
幸恵はタカシと男優と共に部屋に入っていった。
アツコに言われていた通り、紙袋に入れて制服を持ってきていた。
タカシの指示されて、ひとりシャワーを浴びた。
怖さと緊張で、足が震えた。
「大丈夫、大丈夫。こんなのたいしたことない」
自分に言い聞かせた。
シャワーを終えると制服に着替えた。
よかった、体の震えは落ち着いた。
そしてあとは声が震えないように、幸恵は何度も深呼吸をした。
撮影終了
撮影が終わった後、アツコはタカシから8万円を受け取っていた。
そしてそのうちの1万5千円を幸恵に渡した。
「お疲れ様、幸恵。ありがとうね。はい、お金」
アツコはにっこりと笑った。
幸恵は無理やり微笑んで答えた。
「うん、別にいいよ」
しかし、心の中ではアツコへの嫌悪感がさらに増していた。
アツコはそんな幸恵の気持ちを全く気にしていない様子だった。
「どうだった?初めてのパパ活は?」
ネチネチと聞いてくるアツコが少し鬱陶しかったが、平静を装って幸恵は答えた。
「こんなもんか」
「こんなもんか?」
幸恵は小さく頷いた。
「さすが幸恵!私が見込んだことだけあるわ」
幸恵の後悔
家に帰ると、すぐに幸恵は風呂に入った。
悔し涙が出たが、それはシャワーで流された。
「泣いたら負け、泣いたら負け」
「泣いてない、こんなことぐらいで私は泣いてない」
自分の父親よりも歳が上の、体中シミだらけのあのジジイ。
何度も何度もキスしようと顔を近づけてきたが、息が臭くて耐えられなかった。
キスを拒んでいるとネチネチと身体中を弄ってきた。
こんなのが自分の初体験だったことが何よりも耐え難かった。
幸恵は自分の部屋に入るとベッドに飛び込んだ。
家族には聞こえないように、布団をかぶって泣き叫んだ。
「なんで私が、あんな……あんなオヤジに……!」
枕に顔を埋めたまま、幸恵は拳でその枕を叩いた。
何度も何度も、枕に怒りと悲しみを叩きつけた。
「くそっ!なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
思い出すのは、男優のジジイのシワだらけの手、気持ち悪いシミだらけの体。
ジジイが最後にニヤニヤ笑いながら、今日の初体験の感想を聞いてきた時には殺意さえ覚えた。
「ぜったいに許さない!」
その怒りはアツコへのものか、それとも男優へのものか、幸恵自身にもわからなかった。