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彼の遺言

俺たちの子どもを頼む

ぼくと結婚してほしい

病室の白い天井をぼんやりと見上げながら、私は微かな溜息をついた。

ベッドに横たわる、マモルさんの手は冷たかった。

そしてもう二度と、その手が温かくなることは無いような気がした。

「ぼくの最期の頼みを聞いてほしい」

彼は弱々しい声で言った。

58歳、末期癌に侵されたマモルさん。

私よりずっと年上で、もう10年以上も交際してきた。

でもいわゆる愛人とか、お妾さんとかじゃない。

金銭のやりとりも、生活の援助も一切なく、ただ一緒に過ごす時間を楽しむ関係だった。

デートはいつも安い食事の後に、ラブホでセックス。

恋人というより、セフレと言った方が正しいかもしれない。

でも私は彼が本当に好きだった。

「もちろん、なんでも言って。私にできることなら」

そう答えると、マモルさんは震える手で、婚姻届を差し出した。

「僕と結婚してほしい」

彼の頼みというのは、驚くほどストレートだった。

本当のことを言うと、私はずっと彼と結婚したかった。

でも彼からは、一度もそんな言葉はなかった。

彼にとって、私はセフレだと思っていた。

「好きよ、愛してる」

私は迷わず、その婚姻届にサインした。

すぐに役所に提出し、私たちは正式に夫婦になった。

そして彼からは、さらにもう一つ願いがあった。

「子供がいる。子供を一人前に育ててくれ」

子ども?

そういえば以前、俺には息子がいると言ってたことを思い出した。

名前は確か……ススム君だった。

会ったことはないけど、たまにマモルさんが話をしていた。

「大丈夫。子どものことは心配しないで」

私がそう言うと、マモルさんはそのまま静かに息を引き取った。

息子を一人前に育ててくれ

葬儀の日。

私は妻として喪主を務めた。

参列者は多かったが、親族を誰ひとり知らない私は、アウェイ感に包まれた。

そして肝心の、息子であるススム君は姿を現さなかった。

息子との出会い

葬儀の翌日、私は初めてマモルさんの家に行った。

正確にはもう自分の家なので、帰宅と言った方が正しいのかもしれない。

玄関の扉を開けると、強烈なゴミの匂いが鼻を突いた。

中は段ボールや空き缶が山積みになり、どう見てもゴミ屋敷だった。

そして家の奥から、若い男性がダルそうに出てきた。

「……どちらさま?」

その青年は、マモルさんにそっくりな顔をしていた。

ひと目でマモルさんの息子、ススム君だと分かった。

「子どもを一人前に育ててくれ」

そう言ってたから、てっきり小学生ぐらいの子供だと思っていた。

私は笑いながら、つとめて冗談ぽく言った。

「あなたのお父さんと結婚していた恵美子です。

つまり義理のお母さんってわけ。よろしくね、ススム君」

彼は驚いて目を丸くした後、明らかに嫌そうな表情を浮かべた。

どうやら私の態度が気に入らなかったようだ。

けれど私は引き下がらない。

「あなたのお父さんに頼まれたの。息子の面倒を見てくれって」

私がそう言うと、彼はますます困惑した顔になった。

マモルさんとは親子で顔も似ているのに、どうもノリが悪いと言うか、会話が噛み合わない。

「とりあえず今日から私がこの家の主婦だから」

そう言って、私は家に上がり込んだ。

こうして私は、彼の義母として、この家で生活を始めることになった。

前途多難な新生活

翌朝、私はだるさと吐き気で目を覚ました。

起き上がると頭がフラフラし、気分が最悪だった。

きっとこのゴミ屋敷が原因だ。そう思った。

「空気が澱んでいる……こんなところで生活してたら病気になる」

早速私は家の掃除に取り掛かった。

まずは家中のゴミをまとめて庭に出した。

掃除機をかけ、すべての部屋をピカピカにした。

昼前になって、ようやくススム君が起きてきた。

「何やってるんですか?」

驚いた表情で、家の中を見渡した。

「見ればわかるでしょ。掃除よ。こんなところに住んでたら、病気になるわ」

するとススム君は口を尖らせ、不満そうに言った。

「あなたは親父の愛人だったんでしょ?愛人がどうしてここに居座ろうとしてるんですか?」

私は掃除を続けながら、ハッキリと否定した。

「愛人なんかじゃないわ。お金や生活費は受け取ってない。あなたのお父さんと私は、対等な関係だったの」

私がそう言うと

「てっきり愛人だと思ったら、なあんだ、セフレかあ」

と見下すように言った。

その言葉に私もカチンときた。

「あなた、彼女いなさそうね。見ればわかるわ。どうせまだ童貞でしょ?

お父さんが、息子を一人前にしてくれって、言ってた意味がわかった。

私が初めてのお相手してあげようか?

あなたのお父さん、ああ見えて、とても激しい人だったの」

私がからかうようにそう言うと、彼は顔を真っ赤にして

「いくら童貞でも、親父のお古の女とやれるかよ」

そう言って怒った。

「それから昨日も言ったけど、私とマモルさんは正式に結婚してたのよ。

ほんの数時間だけど夫婦だったの。つまり私は、あなたの義理のお母さんなの」

私がそう言うと、ススム君は呆れた表情でこちらを見た。

私たちの生活は、初日から険悪なものになった。

ススム君の頑なな態度に、私は戸惑った。

まあ知らない女がいきなり家にやってきて

「あなたの母さんよ」

なんて言って、納得するはず無いのはわかる。

それでもマモルさんとの約束を守るために、私は頑張るつもりだった。

掃除がひと段落した午後、私は夕食の買いものに出かけた。

スーパーに向かう道すがら、私は自分自身に問いかけていた。

「私、何やってるんだろお」

生まれてから44年間、誰にも縛られず、自由奔放に生きてきたのに。

それが初めて会った、引きこもりの男の子を息子とよび、その子の面倒を見るなんて。

それまでの自分には、考えられないことだった。

夕飯の食材を買って家に帰ると、ススム君は相変わらず自分の部屋にこもってゲームをしていた。

私が夕食の準備を始め、いい香りが家中に広がると、彼はようやく部屋から出てきた。

「何作ってるんですか?」

「あなたのお父さんが好きだったビーフシチューよ。一緒に食べるよね?」

ススム君は少し迷った後、小さく頷いた。

ギクシャクしながらも、私たちは初めて食卓を囲むことになった。

食事の間、ほとんど会話はなかったけど、不思議と気まずくはならなかった。

むしろ心地よい空気が流れていた。

食事の途中、彼がぽつりとクチを開いた。

「親父は本当にあなたのことが好きだったんですね」

思わず私の食事の手が止まった。

胸がじんわりと熱くなり、涙がでそうになった。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」

それは二人の関係をすすめる、小さいけれど確かな一歩だった。

おめでた

それから10日経った。

少しずつだけど、ススム君とは気持ちが通じ合えるようになっていた。

しかし私の体調は相変わらず優れず、特に朝の吐き気がひどくなっていた。

とうとう耐えきれなくなって、私は病院へ行った。

検査の結果が出て、診察室に呼ばれた。

お医者様から笑顔で告げられた言葉に、私は驚いた。

「おめでとうございます。3ヶ月ですよ」

44歳で妊娠?

自分の年齢を考えると、それは信じられないことだった。

マモルさんとの最後の時間が、脳裏に蘇った。

胸が熱くなると同時に、戸惑いが広がった。

家に帰ると、ススム君が珍しく玄関まで出迎えてくれた。

「どうしたの?顔色悪いよ」

「ちょっとびっくりしたことがあったの」

私は深く息を吐いた。

「妊娠してたの。あなたのお父さんの子供を。そしてあなたの弟か妹よ」

ススム君の表情が凍りついた。

それは当然の反応だろうと覚悟していた。

しかし彼の次の言葉は予想外だった。

「この歳で兄弟ができるなんてうれしいなあ」

彼は私を見つめて、笑みを浮かべた。

「でもなんだか不思議な感じだなあ」

「私もそう思うわ」

その晩、ススム君は自室から出てこなかった。

私もいつまでも眠りにつけなかった。

雪解け

翌朝起きると、ススム君が朝食を作ってくれていた。

目玉焼きとトースト、そして少し焦げたベーコン。

私が驚いていると、彼は照れくさそうに言った。

「赤ちゃんには栄養が必要だと思って」

私は笑顔で食卓に着いた。

「ありがとう」

私がお礼を言うと

「別にあなたのために作ったんじゃない。生まれてくる兄弟のために作ったんだ」

ぶっきらぼうな言い方だけど、彼の温かい気持ちが伝わってきた。

その日を境に、ススム君は少しずつ変わり始めた。

バイトを始め、家事も手伝ってくれるようになった。

ある日、買い物の帰り道で突然雨が降り出した。

私は傘を持っておらず、雨宿りをしていると、息を切らしてススム君が走ってきた。

「迎えに来てくれたの?」

「妊婦さんを濡らすわけにはいかないので」

そういう彼の頬が、ほんのり赤くなった。

その様子が妙に可愛くて、私は胸が高鳴った。

「でも傘を一つしか持ってこなかったのね」

それが本当にうっかりだったのか、ワザとだったのかはわからない。

でも私は

「いいわ、一つの傘で帰りましょう」

そう言って自分から彼に体を寄せ、腕を組んだ。

体を密着させて歩いたが、それでもやっぱり肩が濡れた。

「やっぱりこれじゃ濡れるね。よかったら、そこで、その、休憩しようか」

彼は震える声でそう言った。

私が黙って頷くと、彼は私の体を強く抱き寄せた。

ベッドの中で彼は言った。

「俺、ずっと考えてた。自分の将来のこと。これから生まれる兄弟のこと。

そして恵美子さん、あなたのこと」

彼は少し間を置き、勇気を振り絞るように続けた。

「俺、恵美子さんが好きです。これからもずっと一緒にいたいと思っています」

義理とはいえ、息子の告白に、私は驚いた。

だがそれはただの告白ではなかった。

それにはまだ続きがあった。

「俺は恵美子さんの子供の兄弟じゃなく、父親になりたい。だから俺と結婚してください」

突然のプロポーズに、私はしばらくの間、言葉が出なかった。

「それ、本気なの?」

「本気だよ。最初オレは、あなたのことを父の愛人としか見ていなかった。

だけど一緒に暮らしていくうちに、どんどん気持ちが変わっていった」

彼の真剣な眼差しを前に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

それでもどう返事をすればいいのか、分からなかった。

「でもススム君。私はあなたのお父さんの子供を身ごもっているのよ」

「だから俺がその子の父親になる。兄弟じゃなくて、親子になりたいんだ」

彼のその言葉に、私は静かに頷いた

「ありがとう。私の赤ちゃんのパパになってください」

私がそういうと、彼は照れくさそうに笑った。

この日、私たちは本当の意味で家族になった。

新しい夫婦

翌日から、私たちの生活は大きく様変わりした。

ススム君は常に私の体を気遣ってくれた。

6ヶ月目に入り、お腹の赤ちゃんが胎動を始めた。

私はススム君の手を取り、自分のお腹に当てた。

「動いてる!これが私たちの赤ちゃんよ」

彼は満面の笑みを浮かべた。

「俺、本当に父親になるんだな」

ススム君の真剣な表情を見て、

ふと私はマモルさんの言葉を思い出した。

「子供を一人前に育ててくれ」

もしかすると彼は、私のお腹に赤ちゃんがいることを、知っていたのかもしれない。

今となっては確かめるスベはないけれど、マモルさんがずっと私たちを、見守ってくれてるような気がした。

そして家族に

翌年の春、赤ちゃんが生まれた。

男の子だった。

「恵美子、お疲れさま。よく頑張ったね」

出産後の病室で、夫のススムさんが私の手を優しく握りしめた。

私は疲れ切った体で言った。

「ありがとう。あなたのおかげで頑張れたわ」

看護師さんが赤ちゃんを連れてきてくれた。

初めて見る、小さな命。

その目や口元はマモルさんにそっくりだった。

「お父さんにそっくりね」

「そうだ、俺にそっくりだ」

そう言ってススムさんは、ぎこちない手つきで赤ちゃんを抱き上げた。

「初めまして。俺がお前のお父さんだよ」

その言葉を聞いて、私の胸は涙でいっぱいになった。

退院した翌週、私たちは家族三人で、マモルさんのお墓参りに行った。

お墓の前で、私は語りかけた。

「マモルさん、あなたの息子は立派なお父さんになったわ。あなたの願い、ちゃんと叶えられたかしら?」

そう言うと、温かい風がそっと私たちを包んだ。

それはまるで、マモルさんが私たちを祝福しているかのようだった。

そしてススムさんも、

「父さん、ありがとう。俺たち3人で、きっと素敵な家庭を作っていくよ」

こうして私たちは、新しい家族としての一歩を踏み出したのでした。

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